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理事長
2009年度 第48代理事長 理事長所信 【稲垣智之】

理事長所信


第48代理事長 稲垣智之 

『 未 来 』
~小さな変化がより良い未来につながる~

 

稲垣2009年理事長
 私が生まれたのが1970年、働き始めたのが1994年、(社)三浦青年会議所(以下、三浦JC)に入会したのが1999年、そして今が2009年。当たり前のことですが、この38年間を見渡してみても世の中は大きく変化しています。日本は戦中戦後の荒廃を経て、高度経済成長を経験し、バブルに狂奔し、そのバブルもはじけ現在の停滞に至っています。
 現在の日本は物資的には大変豊かになり、その経済的豊かさは世界でも最高水準のものです。広い世界を見渡せば、1日1ドル以下で暮らす人たちがアジアだけでも7億人以上いるというのが世界の貧しさの実態です.
そんな世界の中で、我々が暮らす日本は本当に恵まれた国だといえます。何も問題がないとはいいませんが、日本人が経済的な貧しさを嘆くなら、世界の多くの人は我々を笑うでしょう。しかし一方で、日本が明るくないのも事実です。自殺者数は世界的水準から見て非常に高いものであり、交通事故による死者を大きく超えています。由々しき事態です。人間の幸せは経済的な豊かさだけでは成しえない証明でしょう。
 戦後の日本は戦中の全体主義を反省し、個人の自由と幸福を最優先としてきました。それ自体は間違ったことではなかったのですが、少し行き過ぎました。個人の自由はわがままとなり、個人の幸福を考えるあまり、多くの人が自分以外の人間が見えなくなっています。本来、自由というのは社会との調和の中に成り立つものであり、個人の幸福は他人の幸福と一体でなければ成立しません。その当たり前のことが忘れ去られ、みんなが自分のことしか考えなくなってきているのが、現代の諸問題の病巣だと考えます。
 これからの時代に必要とされる生き方、価値観を改めて問い直さなければ、「個人の自立性と社会の公共性が生き生きと協和する確かな時代」は築けないのではないでしょうか。日本は世界の中で、豊かさでも、政治的な地位でもトップレベルの場所にいます。同時に、豊かさが抱える問題や、政治的な困難を数多く抱えているとも言えます。今までは、日本の先を行く欧米諸国を上手に真似ることがより賢明な選択でした。しかし我々がトップランナーとなったこれからは、我々の前につくられた道はありません。道なき道を行くのです。つまり、現在の延長線上に未来はないのです。真に、明るい豊かな社会を目指して活動しましょう

「長期ビジョンに照らして」
『郷土愛あふれる潮響くまちを育む』
・三浦の恵まれた財産を宝と認識し活用し伝承することを目指す。
・三浦の宝から学び全市民が郷土愛を育むまちを目指す。
 三浦の宝をあらためて再発見することで、多くのことが学び取れるはずです。それは自然の素晴らしさであり、歴史・文化・伝統の素晴らしさでもあります。あらためてそれらの素晴らしさを確認することが、三浦市の活性化にも繋がりますし、郷土愛にも繋がっていくはずです。
 まちづくり、青少年の育成等、ともに三浦の宝の再発見を通して、三浦市の活性化、人づくりにつなげていきましょう。

「まちづくり委員会」
 我々三浦JCは、2005年には市長選挙公開討論会を、2007年には県議会議員選挙公開討論会、ならびに市議会議員選挙公開討論会を行いました。いずれも、候補者の人物像、政策を中立の立場で市民に提示するとともに、有権者自身の眼と耳で政策を判断してもらい、市民の意識が変化していくきっかけを創った意義のある事業でした。また、具体的な政策に基づいた公約、マニフェストによって選挙を実施しなければならないという時代の要求にも即した事業だったと思います。 
 2008年度には市民討議会「~三浦ウキウキミーティング~」を開催しました。この事業は、『ドイツを中心にヨーロッパで広く実施されている「プラーヌンクスツェレ」を参考にすることで、三浦市民より無作為抽出にて参加者を募り住民の無関心層からの意見も集約する』、という理念を持って開催しました。「市民の声を行政に届ける」という行政と市民とのパイプ役を担う青年会議所だからこそ実施できた、そして、中立な立場であるからこそ実施できた事業だと自負しています。
 国家的な財政赤字に悩む現在の我々には、総花的な行政は期待できません。当たり前のことですが、負担に見合った行政サービスしか期待できません。限られた財源の中では、限られた行政サービスしか得られないのは当然でしょう。である以上、すべての国民が100%喜ぶ道はあり得ません。みんながある程度我慢し、ある程度納得する。そういう選択しかないでしょう。これからの時代の選挙や世論形成においては、「納得」がキーワードになると思います。ここまで議論したが、この道しかなかったという「納得」の過程が大切だと思います。その過程が多くの市民を「納得」させ、未来につながる市政になるのだと信じます。
 市長選挙公開討論会ならびに市民討議会は、そのような「納得」の過程において必須のものだと思います。自分の利害や都合ばかりを考えるのではなく、広い視野ですべての世代、すべての職業、すべての地域の人たちがそれなりに「納得」できる道を切り開いていく。そういう議論の場を提供するのも、青年会議所が担う大きな役割だと思います。

「青少年育成委員会」
 日本は戦後、経済的な豊かさと、個人の自由をもって豊かさとしてきました。そしてその豊かさを至上命題として、今までの約60年間を走り抜けてきました。ところが、現代の日本を見てみると、日本人は本当の意味で豊かになったのかと疑念を持たずにいられません。今更ここで語るまでもなく、増加する児童虐待、多発する原因不明の異常犯罪、若者の引きこもりの問題など、人間の心に起因する様々な事柄が多発しています。
 経済的な豊かさは子供たちの服を綺麗にし、快適な暮らしを保障します。しかし、それだけでは豊かなこころや、たくましいこころは育ちません。適度な苦労や悔しい思い、そこから得られる達成感を通して成長する道を用意するのも人生の先輩としての我々の大切な役割です。目先の快適さや豊かさに目を奪われず、子供たちの真に豊かな人生を見通し、もっと広い目で子供たちの育つ環境を考えなければなりません。
 『郷土愛あふれる潮響くまちを育む』という長期ビジョンに照らして、恵まれた自然環境を活かし、2008年度に引き続き、目の前に広がる海を通して子供たちに豊かな経験が出来る事業として「夏の青少年育成事業」を開催しましょう。子供たちにとって学びの場となると同時に、三浦の自然の素晴らしさを実感できる事業となるよう取り組みましょう。
 「わんぱく相撲三浦場所」は、三浦市と三浦市相撲協会、三浦JCが中心となって10年以上続く事業となりました。三浦市の子供たちにとっても、毎年恒例の大切なイベントだと思います。小学校高学年の優勝者は両国国技館で行われる全国大会に参加し、前日には相撲部屋に泊まり、お相撲さんと一緒にちゃんこを食べるなど貴重な経験が出来る場でもあります。今年度も引き続き子供たちの貴重な成長の場として取り組みましょう。
会員拡大委員会
 三浦JCに限らず、青年会議所にとってメンバーの常なる拡大は最優先課題です。社団法人は人の集まりであり、人が唯一の財産です。20歳から40歳までと年齢が限定され、毎年メンバーが卒業していく中で、常に三浦JCが存続し、活動していくためには常なるメンバー拡大が必須となります。逆に多くのメンバー拡大が達成されれば、より大きな活動ができ、三浦市の中でより大きな影響力を持った活動が出来ます。正に、生死を分かつ課題だと言えます。日常の活動がメンバー拡大につながると言えばそれまでですが、より市民に対して影響力のある活動をするために活動内容を少し見直し、すべての事業が拡大につながるものとする視点も必要です。
 事業等に関するポスターの積極的な掲示や、公共の場でのアピールなど、出来ることは積極的に行いましょう。その中で、青年会議所活動に対して興味を持つ人間を増やすことが、最終的にはメンバー拡大につながるはずです。
 青年会議所は何の為にあるのか。何の為に活動しているのか。活動の目的がはっきりしなければ、どんなに素晴らしい事業も直ぐに形骸化してしまいます。そこで、JC活動をしていく上で絶対に欠かせないのが価値観の共有です。しかし、JCの3信条である「友情・奉仕・修練」に基づき、「愛する地域のため 個を確立し、同じ価値観のもと 共創しあい、関東地区は 日本の礎となることを誓う」という価値観を共有しあうことは、実は口で言うほど容易なことではありません。
 メンバーはそれぞれ違う価値観のもとに育ち、違う環境のもとで暮らしています。全く同じ価値観を持つということはあり得ません。ですから、常に青年会議所の活動目的について確認しあうことが必要です。時には議論を闘わせ、時には批判し合いながら、互いの考え方を理解し合い、青年会議所の掲げる高い理想を確認することが必要です。特に、新入会員メンバーに関しては積極的な研修が必要です。「鉄は熱いうちに打て」と言いますが、最初の印象や熱意を大事にしなければ、積極的な行動は期待できません。
 また、青年会議所運動は、様々な他団体と共に活動する必要があります。他団体とは、神奈川ブロック内の20LOMであり、全国の他LOMであり、青年会議所以外の団体です。賀詞交歓会や、多くの場で交流を深めましょう。交流の中から多くの出会いが生まれ、出会いの中から新しい活動が生まれてくるでしょう。

「総務委員会」
 三浦JCの日常的な活動を支えていくものは、総務委員会です。総会、理事会、三役会の設営、諸会議資料、基本資料の作成など、一年を通して根気よく活動してください。一方、その重い責務のわりに、目立つ部分というものは少ない役割ですが、逆に目立たないということが評価されるべき委員会です。全体を見渡し、会がきちっと運営されているかを冷静に判断し活動してください。正に、「縁の下の力持ち」です。
 会の存在をアピールし、出来るだけ市民に開かれた三浦JCであるためにHPを有効に活用しましょう。公益社団法人としても開かれた法人運営が求められています。今後は、今まで以上に会の活動内容の発信が必要です。他の団体のHPと相互にリンクを貼るなど、見られるHPをつくりましょう。総務委員会は三浦JCの血液です。実際に力を振るい、走るのは手足ですが、それを支えるのは血液です。血液が常に体を循環し、栄養を行き渡らせるからこそ三浦JCという体は大きな仕事が出来るのです。日常的な活動に誇りを持ち、三浦JCの活動を支えてください。

「公益事業推進会議」
 2009年度は、公益社団法人元年となります。今後は、より公益性の高い活動内容が求められます。また、従来の事業についてもあらためて公益性に照らした事業内容の精査が求められます。
 申請を出して認可が下りて終わり、というわけにはいきません。公益社団法人というからには、常に「公益」、つまり公の益になっているかという視点を忘れてはなりません。昨年度の「公益法人取得会議」につづき、今年度は「公益事業推進会議」を立ち上げ、さらなる公益性の充実に努めたいと思います。

「会員大会に向けて」
 我々は2008年度、「2010年神奈川ブロック会員大会主管開催」に立候補し、見事射止めることが出来ました。1975年第3回神奈川ブロック会員大会を主管開催してから、30年以上ぶりの主管開催となります。前回開催当時とは、三浦市のおかれている状況は様変わりしています。経済的には大変厳しい状況にあり、人口減少に歯止めがかかりません。そのような中で、是非三浦市にとってプラスとなる、三浦市が明るくなるような会員大会を目指しましょう。三浦に来た人には、三浦市の良さをアピールし、また来たいと思わせましょう。また、三浦市民に対しては、あらためて三浦市に誇りを持てるような場としましょう。
 『郷土愛あふれる潮響くまちを育む』という長期ビジョンに基づいてLOM主管コンセプトを定め、会員大会を通して自然の素晴らしさであり、歴史・文化・伝統の素晴らしさを再発見し、それを神奈川県内のJCメンバーと三浦市民に発信しましょう。そのためには、今年度から会員大会準備委員会を立ち上げ、積極的な論議、準備を進めなければなりません。あわせて、多くのメンバーに2009年度鎌倉主管開催・神奈川ブロック会員大会実行委員会への出向を通して、2010年への多くの学びと出会いを得てきてほしいと思います。

「未来は変わる」
 私はいつも、「明日は変えられないが5年後は変えられる」と思って生活をし、仕事をしています。全てのことは急には変わりませんが、同時に少しずつ確実に変わっています。ある本に、「人間は全く変わっていないようで、3ヶ月で体のほとんどの物質が入れ替わる」、ということが書いてありました。自分自身だって3ヶ月で全く入れ換わってしまうのです。今盛んに「自分らしさ」というものに注目があたっていますが、その自分そのものが3ヶ月で全く入れ替ってしまうのですから、今の自分にそれほど縛られることもないでしょう。私は5年というスパンがあれば、きっと何でも大きく変われると信じて生きています。
 世の中も同じです。60年前の日本と今は驚くほど変わっていますが、それはどこかで急に変わったのではなくて、毎日の気付かないほどの小さな変化の積み重ねの結果です。変化していないようで、絶え間なく変化しているのです。ただその変化に我々が気付かないだけなのです。
 三浦市も一緒です。10年前、20年前と比べて嘆くのは簡単です。しかし、未来は必ず変わるのです。それは良くも悪くも変わるのです。きっと我々の活動を地道に続けていけば、5年後・10年後には三浦市は良いほうに大きく変わっているはずです。気付かぬほどのスピードで。未来は変えられないのではなくて、変わっていないことに気付いていないだけなのです。そして、変わっていくことに気付けば、より良い未来に向かって歩むだけです。無理な変化を求めるのではなくて、気付いたら「明るい豊かな社会」だった。そういう社会の実現に向けて地道な努力を続けましょう。
 最後になりますが、私のいつも心に留めている言葉に「臨終」というものがあります。この言葉は私がまだ20代前半だった頃に、先輩の僧侶の方にいただいた言葉です。その方は、「我々はいつでも元気なつもりでいるが、特に若い人はいつまでも生きられるような錯覚をしているが、実は人間はいつ死んでもおかしくないのだ。仮に今元気でも、5分後には車にひかれて死ぬかもしれない。今生きているというのは、いつ死んでもおかしくないということなのだ。『臨終』というのはみんな死んだ後のことだと思っているが、『終わりに臨む』という言葉の意味は、いつも死に臨んでいる生きる我々を指しているのだ。」という話をされました。
 我々はともすると、目的を持たず、使命を持たず、「なんとなく生きている」ということになりがちです。『臨終』という緊張感を持つならば、生き方が変わってくるはずです。未来に対する責任と、今生きているという緊張感を持って、目的と使命を持って活動していきましょう。
JCI